黒木

【4 バスジャック事件】山□県警の大ウソ 傑作(1)
2010/2/5(金) 午前 4:20連載 警察はなぜ堕落したのかノンフィクション、エッセイ Yahoo!ブックマークに登録 4 バスジャック事件
 山□県警の大ウソ
p79-82




 山口県警本部の中津広報室長が「刑事部長の『やむにやまれぬ判断』だったということだ」と説明した理由は、じつに不可解である。

 「容疑者が吉備インターチェンジでの解放を約束していたこと、一一〇番通報の様子から容疑者が激昂していたと推測されたことなどを考慮し、杉江刑事部長が自分の経験から『今、県内で止めなくても、容疑者がもう少し落ちつくのを待とう』と判断したのです」

 しかし、杉江刑事部長が「解除指令」の根拠にあげた「自分の経験」とは、中津室長の説明によると、「昭和五十四(一九七九)年一月に大阪・住吉区の三菱銀行北畠支店で発生した猟銃立てこもり事件で、大阪府警が強硬策をとったため犯人(梅川昭美)を射殺する事態を招いた」ことを指すらしい。この説明を聞いた私は、思わず絶句した。

 大阪府警に勤務したこともないノンキャリアの刑事部長がなぜ、くだんの事件を「自分の経験」としてあげることができるのか。現場に居合わせ状況を理解していた警察官の意見を尋ねようともしなかったのはなぜなのか。私が「現場無視」の典型というのはこのことなのだ。

 事実、少年は広島県警の調べに対して、「乗客全員を殺して、自分も死ぬつもりだった」と供述している。
となれば、「今、県内で止めなくても」という釈明には説明が必要だ。山口県警がバスを通過させた下松サービスエリアのつぎのサービスエリアは広島県の「宮島」だ。
つまり下松サービスエリアでバスをやり過ごせば、捜査の責任はすべて広島県警に委ねられる、ということなのだ。


 私がこの点をあえて強調するのは、前にふれた三十年前のシージャック事件と今回の事件の構図が酷似しているからだ。

シージャック事件の経過を簡単に振り返ってみると、昭和四十五年(1970)五月十一日、前日深夜に福岡市内で車を盗んだ三人を、手配中の山□県警のパトカーが国道で発見、職務質問をした。

少年一人を捕まえたが、残る二人は警官に猟銃を突きつけ、脚を短刀で剌して逃走。
翌十二日午後、広島市内で職務質問をした警官と格闘になり、少年は捕まったが、二十歳の川藤展久は警官のピストルを奪い、通りかかった軽トラックの運転手を脅して同乗して逃走。

まもなく広島市内の鉄砲店でライフル銃などを奪い、広島港桟橋へ。ここで銃を乱射して民間人にケガを負わせ、四国・今治行き定期汽船「プリンス号」を乗っ取り、乗員・乗客四十一人とともに出港。
午後九時四十五分、桧山観光港に接岸。翌十三日深夜、燃料補給を条件に乗客を解放、船はふたたび広島方面へ向かい、広島港に接岸(この途中で仲間の犯人の釈放を要求)。午前九時五十二分、犯人の川藤は警官によって狙撃され、約一時間半後に死亡した。

 この事件においても、盗難車を最初に発見した山口県警は犯人のうち二人をみすみす取り逃がし、犯行をエスカレートさせる原因をつくり、結局は事件の解決を広島県警に委ねることになったのである。その結果、犯人を射殺した広島県警(実際に狙撃したのは大阪府警のライフル銃撃隊員)が猛烈な批判を浴び、札幌弁護士会の入江五郎弁護士らによる現職警察官の告発という異常な事態を招いたのだ。

 そんな背景もあって、山口県警の現場捜査官は「二度と同じことを繰り返すな」と、事件の解決に奮い立っていたのだ。

 バスの車内状況を確認するにせよ、突人時期を探るにせよ、まずバスを停車させる必要があった。まして事前に負傷者の存在が知らされていた以上、人命の枚助が最優先されるのは捜査の常識だ。

「女の子の人質がいる」ことが「弱腰捜査」の根拠になるのなら、広島県警も、いや日本じゅうの警察が、手をこまねいて眺めているほかなかったろう。

 山口県警は人命にかかわる「判断ミス」を犯した。それは上意下達式の警察組織特有の「現場軽視」から引き起こされた。しかし、私が憤りを感じるのはそのことだけではない。

 最大の問題は、ウソを重ねて乗客を見殺しにしようとした事実を今も隠しつづける山口県警の体質だ。一連の警察不祥事で指摘されてきた根本的な問題がなに一つ改善されてこなかったことが、この事実からも明らかだ。

 さらにいえば、警察の責任逃れの「ウソ」の説明を何の疑問も抱くことなくタレ流し報道して恥じることのないマスコミの姿勢も、あらためて検証されてしかるべきだ。

事件報道の特徹として、容疑者や被害者の人格、生活環境に関心が集中する傾向が強いが、私はこの姿勢に疑問を覚える。捜査が終了すれば「事件は解決」とするのではなく、警察の捜査のあり方をも検証することで、はじめて事件の全容を理解することができるからだ。

 山口県警の大ウソが逆に、捜査の不手際と警察組織のあり方、事件報道の問題点をあぶり出したのは、皮肉な「収穫」だったというべきかもしれない。
by zederauge | 2010-11-06 17:03